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羽衣(はごろも)の話

 新彦神(にいひこのかみ)が田鶴原(たづわら)の池のあたりを歩いておりました。阿蘇の山すその水を集めた清らかな湧水(わきみず)に木々の影を写している風情(ふぜい)は、新彦神の気持ちを安らげるのです。訪れる人もまれな木立(こだち)の奥で、池の水面(みなも)が陽の光をキラキラとはね返しておりました。

 新彦神は、ふと歩(ほ)を止め、木(こ)の間(ま)に見え隠れする水面(みなも)に人の動きを認めました。池に近づくと、色とりどりの羽衣が木の枝にかけてあり、3人の天女(てんにょ)が水あそびをしていたのです。
新彦神は、
“天女の羽衣を隠したらどうなるだろう”
いたずらっぽい笑(え)みをもらしながら羽衣の一つを隠してしまったのでした。
やがて、天女たちは水から上がってくると、羽衣が見あたらなくなっていることに気づきました。どんなにあたりを探しても、見つかるはずはありません。天に帰る時間でも決まっているのでしょうか。1人の天女を残して、あとの天女達はいなくなっていました。残された天女というのは、それはそれは美しい娘でした。天女はその愛くるしい澄(す)みきった瞳(ひとみ)を閉じ、大粒(おおつぶ)の涙を流しながら泣き続けていたのです。そして、新彦神が衣を隠したことを知ると、

「どうぞ私の羽衣をお返しください。お願いです。羽衣がないと天に帰ることができないのです。」

 しかし、新彦神はもう、すっかり天女のその美しさのとりこになっていました。なんとかして自分の妃(きさき)に迎(むか)えたい、そう思ったのです。新彦神は、

「私の妻になってはもらえまいか。」

と何回も何回も頼みました。娘も、今となってはもう天に戻ることはできないと、新彦神の願いを聞き入れたのです。2人は贄塚(にべづか)にある浜宮(はまみや)に住むことになりました。2人の暮らしも、いつしか時は過ぎて今はもう2人の子どもの親となっていました。

 何事もない、平穏(へいおん)な日々が続いていました。初めのうちは、空を仰(あお)ぎながら、その美しい瞳にそっと涙を浮かべている妃(きさき)の様子を見かけることが、たびたびだったのです。しかし、幾年(いくとし)かの月日を重ね近ごろは2人の子どももすくすくと育ち、そんなことも見かけなくなり、天に帰ることなんか忘れてしまったものと、新彦神は安心していました。末の姫(ひめ)をあやしながら、新彦神は子守歌(こもりうた)を口ずさんでおられました。

「汝(なんじ)が母の衣は(お前の母の羽衣は) 千把(せんば)こづみのしたにあり(大きな稲積(いなづ)みの下にある)」

 妃は、この歌声を聞きのがしませんでした。千把こづみをくまなく探すと、羽衣が見つかったのです。妃は羽衣が見つかった以上、この地にとどまることは、天女としてゆるされないことだと思いました。新彦神は天に帰ろうとする妃に向かって

「こんな可愛(かわい)い子どもたちもいるではないか。思いとどまってはくれまいか。」

と、くり返しの頼みましたが無駄でした。

「恋しくば たずねごされや 宮山(みややま)へ」

そう言い残すと、天女の姿にもどった妃は、飛び去ってしまったのです。火振(ひふ)り神事(しんじ)では、3月申(さる)の日、宮山にお妃の面影(おもかげ)を求めた、新彦神の神婚(しんこん)の儀式(ぎしき)が行われるのです。

参考

くらしのあゆみ 阿蘇 -阿蘇市伝統文化資料集-


カテゴリ : 文化・歴史
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